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help リーダーに追加 RSS 道明寺天満宮に行って来ました。

<<   作成日時 : 2008/08/31 23:42   >>

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ようやく晴れましたね

被害をもたらした前線も今度は東北方面で猛威を振るった訳ですが・・・
被災された方にお見舞いを申し上げます。

さて、先週のブログには日曜日が晴れたら西国巡礼を再開するとか書いたんですが・・・
予定は未定と言う事で急に家の用事が出来て行けない事が決定したんです

でも用事が午後からと言う事で早朝より行動を起こし
雨だった場合の予定を決行しました

地元でもあり、子供の頃によく遊び回った場所でもあります

自宅を朝の7時すぎには出て、自分の庭のように遊んだ道明寺天満宮に向かったんですが

何故に早朝より向かったかと言いますと
朝9時より行われます朝拝の参加をしたかったんです

自宅では毎日、下手くそながら「大祓詞」を奏上していますが
こういった場所で神職さん達と奏上をすると行った事は実は今日が初めてなんです
お経などは結構な数をお寺で経験しているんですがね

緊張のせいかカミカミでした

また時間を見つけて参加したいなと思います

興味がある方は参加は自由なので朝9時より本殿に行ってみて下さいね
年間数回ですが、ご祈祷が入りますと中止する場合がありますのでご注意くださいとの事です。

帰りには天満宮より歩いて数分の所にある「道明寺」にもご挨拶をして来ました。
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ここのお寺も私の子供の頃の遊び場でよく遊んだ思い出のお寺でもあります。

近くに来た際にはお立ち寄り下さいね♪

○道明寺天満宮
祭神は菅原道真、天穂日命と、菅原道真のおばに当たる覚寿尼である。

隣接して道明寺という真言宗の尼寺がある。

この地は、菅原氏の祖先に当たる野見宿禰の所領地であり、野見宿禰の遠祖である天穂日命を祀る土師神社があった。仏教伝来後、聖徳太子の発願により土師寺が建立された。

平安時代、土師寺には菅原道真のおばに当たる覚寿尼が住んでおり、道真も時々この寺を訪れ、この寺のことを「故郷」と詠んだ歌もある。901年(延喜元年)、大宰府に左遷される途中にも立ち寄って、覚寿尼との別れを惜しんだ。道真が遺した品々は神宝として伝わり、6点が国宝の指定を受けている。

947年(天暦元年)、道真が寺に残した木像を祀り、土師寺を道明寺に改称した。

道真ゆかりの地ということで、道明寺は学問の神としての信仰を集めるようになった。明治の神仏分離の際、道明寺天満宮と道明寺を分け、道明寺は道を隔てた隣の敷地に移転した。

現在も学問の神様として地元の人々に親しまれている。また境内には80種800本の梅の木があり、梅の名所として知られている。


○道明寺
道明寺 (どうみょうじ)は、大阪府藤井寺市にある真言宗御室派の尼寺。蓮土山道明寺。

本尊  十一面観音菩薩(国宝)

道明寺周辺は、菅原道真の祖先にあたる豪族、土師(はじ)氏の根拠地であった。道明寺は土師氏の氏寺土師寺として建立され、今の道明寺天満宮の地にあった。当時は七堂伽藍や五重塔のある大規模なものであった。

901年(延喜元年)、大宰府に左遷される道真がこの寺にいた伯母の覚寿尼を訪ね「鳴けばこそ別れも憂けれ鶏の音のなからん里の暁もかな」と詠み、別れを惜しんだ。後に人形浄瑠璃・歌舞伎の『菅原伝授手習鑑』「道明寺」の場にも描かれている。道真の死後、寺名は道明寺と改められるが、これは道真の号である「道明」に由来する。

1573年(天正元年)には、畠山氏の守護代遊佐氏の兵火で天満宮を含む寺の大部分が焼失するが、後に再興。1872年(明治5年)の神仏分離により道明寺天満宮境内から現在地に移転した。


神社とお寺が昔は一緒だったと言う歴史がよくわかる所でもありますね


それでは今日一日、無事に過ごせました事を感謝申し上げます。

合掌






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